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※<横浜開港祭花火大会>
横浜港が開かれた日が陰暦では6月2日に当たり、 1928年以来、この日を開港記念日としてきました。 この日を中心に横浜で賑やかに繰り広げられる. 一大イベントが横浜開港祭です。 その中で花火大会が盛大に開催されました。
※<富士山河口湖山開きまつり花火大会>
「河口湖ハーブフェスティバル」と富士山の山開きを祝い、開催される花火大会。辺り一面紫色の絨毯を敷きつめたようなラベンダーと、幻想的な花火を満喫することができます。
※<足立の花火大会>
足立区観光交流協会・足立区主催で、平成19年7月26日に荒川河川敷(西新井橋から千代田線鉄橋間)で花火大会が盛大に開催されました。 今年は「夜空に踊る光のサーカス」をメインテーマに受け、約1万2千発の花火が、色彩豊かに躍動します。その様子は、まるで天空でサーカスが演じられているかのようでした。
※<隅田川花火大会>
花火の時に「かぎやぁ〜」「たまやぁ〜」って叫びますが、これは「両国川開き」(現在の隅田川の花火)での 鍵屋と玉屋の競演に、 江戸っ子達がかけ声で屋号を叫んだのが始まりです。
隅田川の花火は7月の最終土曜日に行われますが、夏の始まりを告げる大会として多くの方が訪れます。隅田川河川敷で川幅も狭く、ビルが建ち並ぶため、最高5号までしかあがりませんが、
第1会場と第2会場あわせて打上数が2万発と都内では最大規模の大会です。 会場が1.5km程離れている為、競演とかワイドスターマインはありません。この大会の目玉は、10社による花火コンクール。各業者の今年の力作を見ることができます。
※<神奈川新聞花火大会>
8月1日(水)午後7時15分〜8時30分、横浜・みなとみらい21 臨港パーク前面海上で開催されました。目玉は関東でもなかなか見ることのできない「2尺玉」。地上500mの高さで直径480mの広がりを見せました。その他、大スターマインなど、大きな玉を中心に約8,000発を打ち上げました。市民の皆様のご協力によって打ち上げる「市民の花火」や、子どもたちから募集した絵画を元に製作した「夢の花火」なども注目されました。
※<長岡まつり花火大会>
長岡花火の歴史は古く、長岡藩十代藩主牧野忠雅の時代、天保11年(1840)に川越移封の命が下り、 翌年それが沙汰やみになったことを祝って「合図」を打ち上げたのがその発祥ともいわれています。本格的な花火は
明治12年9月14日と15日の2日間、千手町八幡様の 祭りに長原などの遊廓関係者がお金を出しあって、千手八幡社裏手で四寸、五寸、七寸を合わせた花火350発を打ち上げ、これが最初の花火大会と伝えられています。
その後玉の大きさも尺玉、尺二寸玉の大玉が出現。さらには仕掛け花火や水中花火も見られるようになり、花火技術の向上と 新しい花火の開発が進められました。
明治後期には堤防沿い「桟敷」の設置、長岡煙火協会の設立など、長岡花火の基礎が確立されました。大正に入ると花火大会も全市的な催しとなり、玉の大きさも大正6年にニ尺玉、
15年にはついに正三尺玉が登場、人々の度肝を抜きました。大正末期から昭和初期にかけては長岡花火の一大発展期で、全国的にも広く知られるようになります。
しかし昭和12年を境に時局は急速に戦争へと傾き、翌年には花火大会も中止となり、終戦を迎えます。戦後の花火大会は昭和22年8月1日、2日「長岡市戦災復興祭」の
名で復活。翌年からは8月1日を戦災殉難者の霊を慰めることに重きを置くことにし、花火は2日、3日に変更。さらに26年からは「長岡まつり」と名称を改めると同時に、
正三尺玉の打ち上げが復活しました。以来、戦後の長岡復興の象徴として再出発した長岡花火は、市勢の発展と歩調を合わせ、名実ともに日本一の歩みを続けています。
※<エキサイティング花火2007 第32回江戸川区花火大会 第23回市川市民納涼花火大会>
東京・江戸川区 江戸川河川敷(都立篠崎公園先)で江戸川区と市川市が同時開催するビッグな花火大会。8つのテーマ構成と音楽の競演が大会の特徴です。テーマ1の「情熱!真夏のカーニバル」ではオープニングの5秒間に、全10か所から約1000発の花火を一気に打ち上げ、エキサイティングな大会の開幕となります。色鮮やかで動きのある様々な花火が夜空を彩ります。
※<河口湖湖上祭>
8月5日の河口湖湖上祭は富士五湖最後の大花火大会です。打ち上げ花火5000発、仕掛けは50台。湖上に広がる花火は美しいことで有名です。
※<第18回東京湾大華火祭> 東京湾大華火祭は、8月11日に東京湾晴海埠頭沖海上・晴海埠頭公園で開催されました。4年前より都区内唯一の尺5寸玉が揚がるようになり、一段とスケールアップしました。尺5寸玉10発、尺玉100発を含む12000発のスケールの花火大会です。
四方を湾と橋に囲まれどの方向からでも花火を見ることができます。打ち上げ場所は晴海会場の海岸よりトラや牡丹などのワイドスターマインが、海上の2ヶ所の台船より2業者が同一テーマのもと、趣向の違う花火があがります。
※<諏訪湖祭湖上花火大会>
戦後の混乱がまだ続く昭和24年、市民が明るい希望を持ち一日も早く立ち直ることを願い始められた湖上花火大会。第1回大会は総費用18万6千円、見物客5万人というものでした。そして翌年にはナイアガラ花火が登場し、29年には花火の打ち上げ場でもある初島が完成、36年からは水上スターマインが始まるなど、年々規模を拡大してきました。現在では、数千万円の費用をかけて約4万発の花火が打ち上げられ、見物客も約48万人という全国有数の花火大会となっています。四方を山々に囲まれた諏訪湖で打ち上げられる花火は、その音が山に反響して迫力ある重低音となって体全体に響くとともに、湖周や山のいたるところで見られるのも大きな特徴です。また、水面ぎりぎりで打ち上がり半円が開く水上スターマインは、湖が鏡となってその姿を映し出すことでひとつの円となるもので、諏訪湖ならではの名物花火として知られています。
※<熱海海上花火大会>
熱海海上花火大会は、昭和27年から開催しており平成19年夏で56年目を迎えます。 昭和24年8月31日「キティー台風」による高波で海岸地区140戸あまりの家屋が流失する災害、そして翌昭和25年には「熱海駅前火災」、更に10日後には中心街の979戸が焼失した大火に見舞われ、その後の復興に向け、地元市民による努力が続きました。
街の復興とその努力に報いるべく、昭和27年に花火を打ち上げたのが始まりです。以来その伝統が受け継がれ、今では一年を通して開催しており、熱海の代名詞となりつつあります。熱海の花火の大きな特徴は2つ。一つはフィナーレ「大空中ナイアガラ」、もう一つは「打上げ会場」です。
毎開催フィナーレを飾る【大空中ナイアガラ】は、仕掛け花火ではなく、会場全体から打上げるスターマイン。 銀色の花火が夜空を埋め尽くし、真昼のように明るく輝きます。あまりの美しさに瞬きを忘れるほどです。
また、会場である熱海湾は花火業者さんも絶賛する日本一の花火打上会場です。 3面を山に囲まれた「すり鉢」状の地形のため、海で上げる花火の音が反響し、
大きなスタジアムのような音響効果があります。 親水公園など、海の近くでご覧頂くと、大きな単発や「大空中ナイアガラ」は、体にまで音が伝わってきます。
※<第25回全国新作花火競技大会>
長野県諏訪市の諏訪湖は、花火の打上げ場所・観覧場所として全国でも有数のロケーションを誇ります。この諏訪湖を舞台に全国の意欲ある花火師の皆さんが、従来の枠にとらわれない斬新な発想と独創的な技術で創作した芸術性の高い新作花火を競う大会です。

※<花の都公園>
山梨県山中湖村の花の都公園は、富士山に一番近い湖のほとり、標高1,000mの高原にあります。30万平方メートルの敷地を四季折々の花々で埋め尽くし鮮やかな色彩と豊かな自然が湖畔の休日をドラマチックに演出します。
(CGBS代表記)
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